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ヨーロッパ恋愛紀行
恋愛心理学小説
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夜のブダペスト①
その日は朝のうちにプラハからウィーンを経由して、アンドレアと待ち合わせしてるハンガリーのジュールまで行かなければならなかった。朝いちの6時の電車に乗らないと待ち合わせに間に合わないはずだったが、相手が違う3連日作戦でかなり疲れてた僕は予想通り寝坊して2本目の電車に乗ることになった。しかし2本目の電車が1時間遅れるということで、結局プラハを出たのは予定より4時間も遅くなってしまった。待ち合わせ場所であるジュールには約束の時間から5時間遅れての到着となる。これはやばい。とにかく途中のウィーンに着いたらすぐに電話しなければならなかった。

cz_train
ウィーン行きの列車.こちらはファーストクラス.


ウィーンに着いた頃、ちょうどハンガリーでの待ち合わせの時間になっていた。彼女の携帯に電話しなければならない。しかしすぐに電話できるわけではない。そこはまだハンガリーではなく、隣の国オーストリアだ。公衆電話からの国際電話はなかなか簡単にはいかない。駅員に聞いてもわけわかんない英語で、「そんなものは知らん」 といった返事しか来ない。はっきりいってウィーンの駅員は不親切な奴が多かった。使えない駅員はほっといて僕はそこらへんにたむろしている不審な中東系の男に話しかけた。一応言っとくが、不審というのは荷物も持たずに駅の入り口でふらふらしていたからであり、中東系だからと言う意味ではない。その男も英語はなかなか通じなかったが、僕が「ハンガリー」に「電話」と言って公衆電話を示していたら、OKと言って電話帳でハンガリーの国番号を調べてくれた。そうじゃなくって、と言って僕はアンドレアの電話番号を見せた。そしたらようやくわかったようで、コーリングカードを売ってくれた。何故かたまたまだが、奴の隣にいたこれもまた中東系の男がカードを売っていたのだ。ちゃんとしたカードみたいだったし、高くなかったし、なにしろ急を要していたのでその中でいちばん安いやつを買った。結局その中東系の男は駅員とは違ってかなり親切な男であった。コーリングカードの説明書きもドイツ語だったから奴は電話をかけるところまでやってくれた。最初なかなかつながらなかったが、つながるまで何度もかけてくれた。ただ女の電話番号がぎっしりつまった僕の手帳を見て、こいつらは何だとか、おまえはいったい何をやってるんだ、とかうるさかっただけだ。
「ごめん、まだウィーンにいるんだ。今着いたところ」 僕はまず謝った。 「2つ予定外のことが起こった。寝坊したことと、電車が遅れたってこと。最終のに乗るから遅くなるよ」 僕はなるべく簡潔に言った。こういうとき女が混乱すると非常に困るからだ。
「・・・そんなに遅くなるんじゃ、私、こっから帰れないわよ」 メールのときと同様、アンドレアは冷静な言葉を返した。
彼女の冷静な口調を聞いて僕は一瞬ほっとしたが、事態は新たな問題に直面していた。
「ごめん。じゃ、どうしよう・・・」
これではどうしようもなかった。予定では、彼女がジュールまで僕を迎えに来てくれて、その後いっしょに彼女の住む街ヴェスプレムに行く予定だった。彼女が帰れないということは、もちろん僕もヴェスプレムにその日に到着できないとういことだ。
「ブダペストに行く?」 突然、まったく予想外のことを彼女は言った。
「一緒に行ってくれるの?」 これはかなり斬新なアイデアだった。僕はちょっとびっくり。
「私はこのままじゃ行けないから・・・今日はいったん帰って、明日行くわ。今夜はブダペストにいる友達に駅まで迎えに来るように言っとくから。それから・・・ホテルもね。それで私が明日そっち行くからそこで会いましょ!それで良い?」
「それはすごい!もちろんOK。でも友達は本当に今夜僕を迎えに来れるの?それにどうやって見つけたらいい?」
「友達は大丈夫よ。絶対迎えに行かすから。それに私帰ったらインターネットであなたの写真送っとくから(to him)。大丈夫よ。」
なんだ、男か。ちょっと残念。それにしてもその男が絶対に来れるって言い切ってしまうところはすごい!何なんだこの女は?予想外の成り行きに僕は戦慄を覚えた。もうこうなったらどうにでもなれだ。ウィーンで独りで夜を過ごすよりはブダペストに行ってしまったほうがいいだろう。国が変わるのだからこれくらいの不透明感があってもいい。それにこういう旅行はトラブルがあってしかるべきなのだ、と半分やけくそになってすっかり暗くなったホームで待っていた電車に飛び乗った。
電車はウィーン~プラハのときと同じような6人がけのボックスタイプだった。全部自由席で結構混んでるようだった。こういうときうるさい奴と一緒になったらサイテーだから慎重に席を選ぶ。偶然にもひとり旅をしていた日本人男性と一緒になった。僕はこんな辺鄙なところで何カ月ぶりかの日本語をしゃべることになった。その男性も僕と同様、プラハ・ウィーン・ブダペストを電車で旅行中だったらしい。それも会社の休暇を取ってひとり旅ということだ。すごいと思う。僕にはできない。なぜなら僕はひとり旅が嫌いだからだ。ずっと独りでいるのはつまらないし、ひたすら疲れる。ある意味ではこのとき僕もひとり旅だった。そう言う意味では僕はとっても疲れていた。とても。これが僕に与えられた休暇だとしたらたまったものではないと思う。本来の休暇の意味をなし得てない。だから休暇をひとり旅に当てるというのはなかなかすごいことだと思う。僕の場合この旅は心理学のフィールドリサーチであり、心理学者としての修行でもあるのだ。だからひとりだってがまんするし、女性と一緒だったらひたすらまじめに修行をする。それだけのことだ。
ウィーンを出てすぐに電車はハンガリーの国境にさしかかった。例によって電車の中をオフィサーがあわただしく行き来する。オーストリアの出国、ハンガリーの入国、ハンガリーの税関、電車の切符拝見、と僕たちの個室に4人の来訪者があった(当時ハンガリーはEU加盟前)。プラハの時と同様、ただパスポートを見せてスマイルすれば後はゆっくり寝ていけると思っていたのだが、ここではそういうわけにはいかなかった。僕たちの個室に後から入ってきたルーマニア人の怪しげな男が、国境近くになって急に騒ぎ始めたのだ。よく聞き取れない英語を使っていたが、ハンガリーはオーストリアと違ってNATOに入ってるから厳しいだの、テロの影響で検査がうるさいだの言っている。でも結局オフィサーが厳しかったのはそのルーマニア人に対してだけで、僕たち日本人2人はパスポートの表紙を見ただけでろくに中も見ないでOKだった。そのルーマニア人は巨大なスーツケースを開けられてなんやかんややっていた。マジャール語とドイツ語を混ぜてしゃべってるみたいで詳しい状況はわからなかったが、声の感じからしてその男はだんだん追いつめられているようだった。ちょっとハラハラしながら見ていると、突然その男はかばんの奥から札束らしきものを取り出してその税関職員に差し出した。僕はあわてて外の景色を見る振りをしたが、どう考えたって僕たちに見られているのは明らかだった。結局その職員は金を受け取ることなく、「今回だけだぞ」 と言うようなことを言って行ってしまった。せっかくおもしろいところが見られると思ったのに残念!その後ルーマニア人はしばらくハンガリーの悪口をひとりでぶつぶつ言っていたが、僕達が相手にしなかったら寝てしまった。僕はその男が何を不法所持してたかずっと気になっていたが、結局聞き出す機会もないまま列車はブダペストに到着した。

続く・・・


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夜のブダペスト②
着いた駅がブダペストかどうかわからなかった。ヨーロッパの列車の駅は日本みたいにそこら中に駅名が書いてあるなんてことはなく、いつも降りるときに苦労する。隣のブースにいたオランダ人婦人は、プダペストは何度も来てるのよ、と言っときながら、ここがそうなのかしらねぇ、と僕に同意を求めてくる。みんなで思い切って降りてみたらやっぱりブダペストだったという、ヨーロッパ的ないいかげんさから来る鬱蒼とした気分は、下車して正解だったという単純な幸福感にうち消されてしまう。そんな感じで皆でがやがや言いながらホームを歩いていた。そのときすでに夜11時をまわっていた。ちゃんと僕を迎えに来てるのかどうかそれほど期待はしてなかったけど、不安感なんてものは何故かほとんどなかった。こういうのは慣れてくるものだと思う。日本のように何でもきちっとしてると、こういったいいかげんさや不明瞭さというのは最初は受け入れがたいものだが、幸いこういうものに対する人間の適応能力はかなり高いのだ。でも本当のところ、迎えに来るのが男だったから僕はどっちでもいいという気になっていたのだった。もし女が来るのだったらもっと心配していたかもしれない。
結局、男はいた。それも2人。彼らは僕の方をじっと見ていたからすぐにわかった。白人ばかりのハンガリーで僕を見つけるのは簡単だったはずだ。
でも2人もいたのはびっくりした。じっと僕のことを見つめている男2人の整った顔は、まるでゲイ雑誌のグラビアのようだった。だまされた!アンドレアはゲイに僕を売ったのか?これぞ出会い系の失敗例第一号!そして僕は何も知らずにゲイ温泉で熱くてホットな歓迎を受けました、となるのか?というのもハンガリーといえば温泉、温泉といえばゲイ、という短絡的な憶測があった。それにハンガリーのゲイの話はアメリカでもよく聞いていたのだ。
しかし、そんなことでうろたえる僕ではない。僕はアンドレアを信じてる、というわけではないが、そうなったらそうなったでまたおもしろいではないか。僕は愛と正義を求めて世界を渡り歩く心理学者なのだ。もちろん世界の主要都市のゲイバーはとうにチェック済みだ。それまでにパリで縛られ吊されたり、サンフランシスコでおしっこの集団放水を受けながらもちゃんと下半身に問題を生ずることなく帰って来たのだ。これくらいのことで動揺する僕ではない。余裕を見せつけるため、僕は普段女の子にも見せないほどの満身のスマイルでその男達にあいさつした。
2人とも20代後半くらいで、すごくハンガリー人的な顔立ちをしていた。つまり僕が思うハンガリーのイメージ通りで、色が薄くて明るい。つまり肌が白く、髪が明るいブラウンで、目は透明がかったグリーンだ。こういうタイプが好きな男色はたくさん知っている。
しかし結局、彼らは僕をホテルに連れていってくれただけだった。アンドレアはヴェスプレムに帰ってすぐネットでブダペストのホテルを予約し、それをこの男達にメールして、彼らが地図をプリントアウトして持ってきてたのだった。だからそのホテルがどこにあるかも知らずに地図だけを持って僕を迎えに来たのだ。夜11時に。これはちょっとしたものだと思う。なかなかできることではない。ハンガリー的というのか、それともアンドレアが特別なのか、その両方なのかは明かではないが、とにかく僕はすっかり感激してしまった。ホテルがなかなか見つからずに1時間程僕たち3人はうろうろした。その間彼らは荷物も持ってくれたし、ATMにもわざわざ寄ってくれたし、ジュースもおごってくれた。
2人ともアンドレアとは大学時代の同級生で、卒業後ブダペストで働いているということだった。英語はそんなに得意ではないが楽しそうによくしゃべる。大学では情報工学をやって今はコンピュータエンジニアをしている。もちろんハンガリーでもコンピュータ関係の仕事は需要が高く高収入だが、西側諸国に比べるとペイ自体はまだまだ比較にならないほど少ないらしい。まあしかし東欧革命から十数年しか経ってない現状で西側と同程度の収入は難しいし、またその必要もない。ハンガリーの物価はかなり安いからだ。いずれにしてもハンガリーがEUに入り(この時点では未加盟)、グローバル経済の波をもっと受けるようになってくればコンピュータ産業はもっと拡大するだろうし、国内最高レベルの大学(ヴェスプレム大学は元々ブダペスト大学の工学部)を出ている彼らは、将来は確実にハンガリーのヤッピーになることだろう。
ホテルのチェックインまで済ませてようやく2人は帰った。すでに深夜12時をまわっていたが彼らは最後まで明るく、僕への歓迎モードを崩さなかった。「ハンガリー人は外国人をもてなす」 そんなことをどこかで聞いたことがあった。僕はそういう意味でもてなされたのだろうか?それとも単に、ハンガリーの男が女に忠実であるというだけなのだろうか?
その日はチェコ~オーストリア~ハンガリーと3カ国を電車でまわった長い1日だった。そう思うとどっと疲れが出て安っぽいベッドにすぐに横たわった。1階のバー楽しそうにやっているドイツ人観光客の歓声を聞きながらすぐに寝てしまった。

ブダペスト1日目おわり


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